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キラリ☆和歌山人

学びも、仕事も、自分の幅を広げるために。

NPO法人にこにこのうえん、紀州まちづくり舎 代表取締役 吉川誠人さん

2016/12/20

和歌山でキラリと輝く活動をされている方を紹介する「キラリ☆和歌山人」。今回は、「NPO法人にこにこのうえん」「紀州まちづくり舎」の代表 吉川誠人さんを取材してきました。
ーーーさっそく、吉川さんが経営されているお仕事について教えて下さい。

僕は「NPO法人にこにこのうえん」「紀州まちづくり舎」の代表をそれぞれ勤めています。ブラクリ丁内にある「石窯ポポロ」「almo」の2店舗は、にこにこのうえんが経営し、農園で採れた新鮮な有機野菜やお米を使った料理やお菓子を提供しています。
紀州まちづくり舎は、リノベーションスクールに参加したことがキッカケで集まった仲間たちと立ち上げた会社で、ブラクリ丁で月に1度行われるポポロハスマーケットや空き家のリノベーションなどの活動をおこなっています。


ーーー2つの大きな事業を軸に活動されているんですね。

そうですね。にこにこのうえんは和歌山市府中に農園があり、紀州まちづくり舎は和歌山市のぶらくり丁などが主な活動拠点になるので、府中とブラクリを何度も行き来しています。
石窯ポポロ<br>
石窯ポポロ
almo
almo
ーーー行き来するには少し遠い距離ですよね!

はい。行き来する中で感じるのが、時間の流れですよね。「街中の時間の流れ」と「農業の時間の流れ」は、全然スピードが違うなと実感します。農業はやっぱりのんびりとした時間の流れ方ですね。
にこにこのうえん<br>Photo by ”旅するように暮らす日常の和歌山 Wakayama Days”(武田健太)
にこにこのうえん
Photo by ”旅するように暮らす日常の和歌山 Wakayama Days”(武田健太)
ーーー確かに、農園ってのどかなイメージです。

昔から、のどかな地で農業をして暮らす「農的暮らし」にとても憧れていたんです。
僕は学生時代陸上競技部の選手で、福岡の大学に通いながら「運動と健康について」研究をしていました。色々と学ぶ中で農業が健康にいいと思い、自分の農的暮らしへの憧れに対して実際動き出しました。

海外ボランティアは、不安よりも農的暮らしへの興味が先だったから、迷いはありませんでした。


ーーー例えば、どんなことから始められたんですか?

大学時代に海外に行ったことがきっかけでボランティアを始めました。アジアやカナダなど色々な国の農家を回って農作業を手伝い、卒業した後も暫く続けていました。日本のバイトで貯めたお金を握りしめて、海外に何度も行きましたね(笑)大体1回1ヶ月位の単位で農家に住み込みで働かせて貰います。カナダは物価が高くて、生活が大変だったので、中古車を購入して宿代わりにしたり、出来るだけお金を使わないようにしたりもしましたね。


ーーー車を宿代わりって、中々ハードな生活ですよね!不安とかはなかったんですか?

そうですね。インフルエンザなど病気にかかった時は、とても大変だったのを覚えています。ただ、基本的にボランティアに行くことや海外に行くことに「不安」はありませんでした。僕の家は農家ではないので農地もなければ、どうやって農業を始めればいいのか、そのノウハウがありませんでした。なので勉強が必要だということと、いろんな国の生活や農業の場を見たいっていう「興味」の方が先でした。


ーーー不安よりも興味が勝つくらい、農業について夢中だったんですね。

はい。元々旅行好きなので、色々な世界を知ればそれだけ自分の幅が広がるんじゃないかっていう風に考えた結果、海外へ飛び出しました。ほぼ、放浪に近い形ではありましたが、動物の餌やりから野菜づくりという基本的な事から学びつつ、海外の生活を楽しんでいました。


ーーー日本に帰ってきてからはどうされたんですか?

海外でのボランティア活動を終えたあと、次は日本の農業を学ぼうと決意し、日本で「農的暮らし」を取り入れている場所を訪れ、住み込みなどで仕事をしました。その一つが、長野県安曇野市にあるシャムロヒュッテという場所です。


ーーーそこではどんな体験されましたか?

シャムロヒュッテでは、持続可能な暮らしを家族のように宿のスタッフとゲストがコミュニケーションしながら学ぶ場です。僕が訪れたときには、丁度建物の工事をしていたので、壁を塗ることや、石窯づくりを体験できました。採れた野菜で料理の提供や、宿の業務の手伝いましたね。もともと体を動かすことや大工仕事が好きだったので、とても楽しかったのを覚えています。今ある石窯ポポロや、お店の内装を自分の手で作るのも、シャムロヒュッテで学んだことを活かしていて、僕の原点だと思っています。
ーーー実際に学んだことが今の活動に繋がってるんですね。シャムロヒュッテの生活のあと、何か変わりましたか?

“農業をしたくて”いてもたってもいられなくなりました。そこで思い出したのが、海外で知り合った年配の方から聞いた三重県熊野市の話しでした。熊野市に車で訪れると、山と川、少し峠を降りると砂浜の綺麗な海が広がる小さな町があって、その景色の綺麗さに「ここに住みたい」ってすぐに空き家を探しました。結果2年ほど熊野市で過ごしました。


ーーー熊野市から、なぜ出身の和歌山に戻ろうって思ったんですか?

タイミングというか、身の回りの整理を始めた時に「やっぱり和歌山に戻ろう」って自然と思い立って戻ってきましたね。生まれ育った和歌山に戻ってきてからは、小学校の補助教員をしたり、叔父の大工仕事を手伝いながら暫く生活をしてました。


ーーーではなぜ、和歌山で農業を再開して、NPO法人設立までいたった理由は?

「本当にやりたいことは、なんだろう」ってすごく考えた結果です。
農的暮らしをするには、農地が必ず必要ですが、初めにも説明した通り僕の家は農家ではないので、農地を持っていません。そこで、個人農家として農業に参入しなければ農地を持てなかったんです。個人農家として5〜6年仕事する中で、たまたま関わった青年の社会参加支援や、子どもの自給自足体験の実施を通じて、もっと社会参加がしたいという気持ちが生まれ「NPO法人」に動き出しました。

定期的なマーケット開催で、街が変化するか知りたい!


ーーー農園を運営するかたわら、リノベーションスクールに参加したきっかけを教えてください。

NPO法人になったのはいいけれど、補助金などに頼らない自立したNPOになりたいという気持ちが強かったので、そのきっかけになることを探していました。そんな時たまたまFacebookでリノベーションスクール開催を知ったのがきっかけです。大工仕事を2年くらいしていたことや、空き家を改修して新たに作り直すことが大好きだったので、リノベーションスクールが自分のやりたいことと、ぴったりだと思いました。


ーーー「これだ」って、ぴったりはまったんですね。リノベーションスクールに参加して何か変わりましたか?

そうですね。今までは、和歌山市の府中で農業生活が中心でしたが、気づけば和歌山市の中心で、街なかに関わるできごとが増えて、リノベーションスクールがキッカケで集まった仲間と「紀州まちづくり舎」を立ち上げたのは、自身の中で大きな変化でした。

元々街なかで「何かできないかな」って考えていたんですが、それが一体「何なのか」分からなかったんです。だけど、石窯ポポロの経営をきっかけに自分たちでこの和歌山市の中心をもっと本気で盛り上げるために取り組まないと!って思ったんです。やっぱり自分のお店も経営しだしたことで、シャッター街が他人事ではいられない状況になりました。そこで、エリア価値を上げようと、ポポロハスマーケットの開催も始めました。
ーーーポポロハスマーケットの定期開催は、一体誰の提案だったんですか?

僕です(笑)。そもそも和歌山市で、定期的なマーケットを開催しているところが無かったんです。紀州まちづくり舎のメンバーと、ぶらくり丁を盛り上げるために何をしようかって考えた時に、他の県で定期的にマーケットを開催して、いい結果を出しているという情報を聞いて、そういう手法があると知りました。これを和歌山市で実施したらどんな変化が起こるのか興味がありました。


ーーー実際に、ポポロハスマーケットを開催して、何か変化はありましたか?

大体ポポロハスマーケットが始まったのが2年ほど前ですが、シャッター街だった商店街通りが徐々にではありますが、埋まって来ています。直接的な理由は知りませんが、やはり人が定期的にぶらくり丁に集まることでお店も集まってくるんではないかと考えています。


ーーーなるほど!人が集まる場所には、お店も集まるってことですね。

そうですね。今まで人が通るのも疎らだったぶらくり丁が、もっと盛り上がれば空き店舗も埋まっていくんではないかと思っています。紀州まちづくり舎として、空き店舗がなくなるようなお手伝いなんかも出来たらいいなと考えているので、こういった取り組みで街をもっと元気にできたらいいなと思いますね。
ーーーー色々な活動を通して、吉川さん自身心がけているというようなことはありますか?

そうですね、もともと「自分のやりたい事をやってる」という風に見られがちなんですが、自分自身では人から頼まれることや、お願いされたことをこなす事が多い人生だなと思っています。石窯ポポロやポポロハスマーケットでの活動を始めてからも、会社に空き物件の相談や、新しくお店経営したい子がいるから手伝ってあげてねという話がよく持ち込まれます。こういった人から頼まれたことは、縁を大切に、できる限り「YES」で答えていきたいと思っています。


ーーーそれはなぜ、「YES」で答えたいと思っているんですか?

自分自身の考えや仕事の幅が広がるって思うんです。いろんな人から声をかけて貰えて、いろんな人から仕事をもらえるって、やっぱり嬉しいことなので、それを大事にしたいと思っているし、うまく期待に応えてきたいと思ってます。


ーーー自分の幅を広げるため、ですか。

はい。基本的に「この仕事出来ないだろうな」って人には頼まないじゃないですか(笑)。だからやっぱりそこは信頼していただけてるんだろうなって思うので、それに応えたいって思うんです。それで色々な仕事を持ってくるので、巻き込まれる仲間は大変だと思うんですが(笑)

和歌山市の川のことを、もっと市民の人にも知って、考えてもらいたい。


ーーー吉川さんが「今後、挑戦したいこと」って何ですか?

今、紀州まちづくり舎で「水辺のまちづくり調査検討事業」に関わっていて、和歌山の川を(市堀川)を活用できるような計画に参加しています。もともと市堀川でカヌー体験を毎年9月に開催していて、今年で3回目を迎えたんですが、こういった活動の中で市と一緒に街づくりをしようと進めています。
ーーー和歌山市の川は綺麗なイメージはないですよね。

そうですよね。僕が住んでいる家の前には有本川という川が流れていたんですが、上流に染め物工場があったため、染料で汚れて川が緑や紫色なのが「日常」だったんです。でも、今また少しずつですが川が綺麗に戻ってきているので、カヌーを浮かべて上流から下ってくるなんてことも可能なんですよ。


ーーー今まで、川の色をちゃんと見て気にしたことってなかったです。

きっと川のことを気にしてる人の方が少ないと思います。なので、そこをもっと考えていきたいってことで水辺について考える会議やイベントを開催して、市民のみなさんと一緒に考えていこうと思っています。やっぱり川が一番汚い時を知ってるので、この事業をしっかりと進めて、最終的には自然豊かで澄んだ川に戻って欲しいと思うのと、その大きな一歩が踏み出せたらと思っています。
Photo by ”旅するように暮らす日常の和歌山 Wakayama Days”(武田健太)
Photo by ”旅するように暮らす日常の和歌山 Wakayama Days”(武田健太)

編集者後期

吉川さんと初めてお会いしてインタビューを進める中で、私の中の「とてもクールな方だな」という第一印象が終わる頃にはすっかり変わっていました。不安よりも興味が先だったという言葉がとても印象深く、アジア・カナダ・インドなど“農的暮らしを学ぶため”国外へ飛び出したというお話しは、行動力が無い私にはハードルが高く、あっさりと答える吉川さんのお話が衝撃的でした。さらに行動力の大事さを教えられました。バイトで稼いだお金を握りしめ、海外ボランティアをするなんてとってもアクティブで、格好いい!と、吉川さんの情熱的な部分をお話しを聞きながら感じて、とても楽しいインタビューでした。街を盛り上げる企画や、農的暮らし体験を広める吉川さんの活動に今後も注目していきたいです。

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